前回のお話 → 桜井識子バージョン「ごんぎつね」上編 ごんが思わず叫んだ「あの時のおばぁ」……その言葉の裏にはこんなエピソードがありました。 まだ幼かったごんが隣り村の猟師に追い回された時のことです。 追われて逃げ回っているうちに、数人の男に囲まれてしまいました。 そのうちの1人は棒を持っています。 恐怖で動けなくなったごんを、男はその棒で思い切り叩きました。 「ぎゃん!」と思わずごんは叫びました。 経験したことがない激痛が全身に走り、「もうダメだ……」とごんが思ったその時でした。 雷鳴が轟き、近くの木にカミナリが落ちたのです。 激しい雨もザーッと降ってきました。 男たちはカミナリを恐れたのか、慌てて逃げて行きます。 ごんは痛む足を引きずりながら、なんとか森まで戻りました。 でも住んでいる穴までは、たどり着くことができません。 ごんはそのまま森の入口で倒れてしまいました。 ふと気づくと1人のおばぁがそばにいました。 「ひどいケガだな。ありゃ~、これはいけないね、膿を持ってる」 おばぁはごんをさわろうとします。 「さわるなー!」 ごんは精一杯威嚇しました。 でも、傷が痛くて痛くて、体もだるくて、ぐったりしたまま動けません。 「はいはい、悪いことはしやしないよ、見せてごらん」 そう言うとおばぁはごんの傷をたしかめます。 「ちょっと待ってな」 おばぁは森の中へ行って、しばらくすると川の水をくんで戻ってきました。 薬草もたっぷり摘んでいます。 川の水でごんの傷を洗ったおばぁは、薬草をすりつぶし、それを傷に塗りました。 持っていたてぬぐいで包帯をして、「これでもう大丈夫だ」と言いました。 「きつねっこ、災難だったな。かわいそうにな。お腹は? へってないのか?」 おばぁはニコニコとごんに聞きます。 そして、できそこないの小さな芋をふかした「ふかし芋」をごんに与えました。 「おばぁ、それ、おばぁの昼ごはんじゃないのか?」と、ごんは思いました。 「これを食べて元気におなり。だがな、きつねっこ。人間を恨んじゃダメだよ」 おばぁはごんの頭を撫でながら言います。 「きつねはな、恨む心を持つと野孤(やこ)という悪いきつねになってしまうからな」 「へぇ~、そうなのか」とごんは黙って聞きました。 去っていくおばぁの背中を見ながら、ごんはもらったふかし芋を食べました。 芋と薬草のおかげで傷はみるみるうちに回復しました。 「あのおばぁが……兵十のおっかぁだったとは……」 ごんはとても申し訳ない気持ちにな続きをみる
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