あるところに「ごん」という名前の小狐がいました。 里から少し離れた、山のふもとの森に小さな穴を掘って、ひとりぼっちで暮らしていました。 ごんは時々、里に下りてはイタズラをしています。 畑に入って作物を掘り散らかしてみたり、収穫して積んである作物を踏み荒してみたり、軒先に干してある野菜をむしり取って捨てたりしました。 そんなことばかりしているため、悪い狐だと村びとに思われていました。 でも、ごんのイタズラには理由がありました。 「だって人間はきつねに意地悪だから」 ごんは、まだ幼かった頃に、何度か人間に追い回されたことがあります。 隣り村の猟師がごんを捕まえようとしたのです。 きつねは鼓(つづみ)の皮にもなるし、襟巻き毛皮にもなるので、高い値段で売れていました。 森に数匹いた仲間はみんな捕まってしまい、鼓になったのか、襟巻きになったのか……その先のことはごんにはわかりませんでした。 みんないなくなって、うまく逃げることができたごんだけが生き残り、ひとりぼっちになってしまったのです。 捕まりそうになった時の恐怖や仲間のことを思い出すと、ごんは人間を懲らしめてやりたいという気持ちになりました。 そんな日はイタズラをしに里へと向かうのでした。 ある日のこと、降り続いた雨で村の川が増水していました。 「水が濁っているな~」とごんが川べりを川下のほうへ歩いていると、川の中に人が入って何かをしています。 「あれは兵十(ひょうじゅう)だ。いったい何をしてるのだろう?」とごんがしばらく様子を見ていると、兵十はウナギを獲っているらしく、四苦八苦しています。 「ウナギは難しいからなぁ」とごんが眺めていると、ようやく1匹だけウナギが網にかかりました。 兵十は嬉しそうにウナギをびくに入れます。 そして、何か用事を思い出したのか、びくをそこに置いたまま川上へと走って行きました。 兵十はきつねに意地悪をしないし、個人的に恨みもないのだけれど、「人間」なので懲らしめるためのイタズラの対象です。 ごんは茂みからそっと出ると、びくに近寄り、中をのぞきました。 そこには数匹の魚とウナギが入っていました。 ごんはまず魚をつかみ、川へと放り投げます。 どぼん! と音を立てて、魚は沈んでいきました。 続きをみる
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