会津藩の大まかな歴史の流れはわかったものの、白虎隊については、謎も疑問も深まるばかりで……ここまで来ているのだからもっと知りたい、と思った私はその日の予定を変更し、飯盛山に行ってみました。 「寂しげな山にお墓があるのかな」「大勢が自刃した場所に行くのは避けたいかも~」と思っていたら、参道入口はお店がずらっと並んでいて、にぎやかな明るい雰囲気となっていました。 ナビのマップには「白虎隊伝承史学館」の文字があります。 ここに行くと、ある程度のことがわかるにちがいない、と思った私は、駐車場のおじさんに「白虎隊伝承史学館はこちらの方角で合っていますか?」と聞きました。 すると、おじさんは顔を曇らせて「そこは……」みたいに、ちょっぴり言葉を濁します。 「でも、白虎隊記念館はその道を入ってすぐにありますよ」とこちらをオススメするので、「白虎隊伝承史学館」はパスをして「白虎隊記念館」のほうを見学しました。 車を停めた場所は、お土産屋さんの大きな駐車場だったのですが、まぁ、なんと言いますか、いろいろとあるのかな、と思いました。 「白虎隊記念館」の中は、資料が所狭しと展示してあり、「全部詳細に見ている時間がありません、すみません……」と思ったくらい、ものすごい量の展示物でした。 鉄砲、刀、写真、文書、服や鎖帷子(くさりかたびら)、などなど、限られたスペースにめいっぱい詰め込んでいるのです。 しかし、それらの資料を見ても、白虎隊の流れがわかりません。 これはもうネットで調べるしかないなぁ、と思いつつ2階へ行くとアニメが上映されていました。 このアニメで、白虎隊の流れを知ることができました。 ざっとアニメの内容を説明をしますと……。 新政府軍が会津に大軍を進めてきたため、少年たちは、自分も戦いたいと藩に申し出ます。 それが認められて、戦いに参加ができるようになり、少年たちは晴れて出陣します。 1人のおっちゃんがリーダーとして少年たちを引率していたのですが、夜になって少年たちが空腹を訴えると、「食べ物を探してくる」と言い残して、おっちゃんはその場を去りました。 「ワシが戻るまでここを動くなよ」とも言っていたのですが、夜が明けてもおっちゃんは戻ってこず、少年たちだけで「進撃をしよう」と、先へ進むことになりました。 しかし、敵の鉄砲隊には歯が立たず、少年たちの白虎隊二番隊は、数が半分ほどになって敗走続きをみる
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