神様の世界に「言葉」はないのですよ、という前回の記事を読んで、では、神様と人間がコンタクトをする場合、そこのところはどうなっているの? と思われた方がいらっしゃると思います。 神様は前回書きました通り、言葉を使いませんから、思考のボール(塊)を人間にくれます。 人間の〝魂〟は、神様からボールを受け取ったことを確実に感知できますので、あとはそれを変換して理解するだけです。 その方法が人によって違うのです。 たとえば、神様に悩みを相談したとします。 「職場のAさんが意地悪なんです。仕事が好きだから会社は辞めたくないし、でも毎日つらくて……苦しいです」 この悩みの答えが、 「Aさんは半年後に夫の転勤で引っ越しをする、もう少し頑張れば楽になる」だったとします。 神様はこれを、言葉では言いません。 思考のボールでくれるのですが、思考のボールは〝思考〟ですから、すべてが一緒くたのひと塊りとなっています。 つまり、この言葉が先で、この言葉があと、というような言葉の順序がないのです。 「楽になる」 「転勤」 「もう少し」 「引っ越しをする」 「夫の」 「半年後」 「頑張れば」 「Aさん」 というように、すべてが入っていますが、混ざった状態です。 さらに、これらは言葉で入っているのではありません。 たとえば「楽になる」は、ふぅ〜っとリラックスした状態の気持ちですし、「転勤」は人が異動するイメージ、「もう少し」はそんなに遠くない未来という感覚です。 この、気持ち、イメージ、感覚、などが団子状態である思考ボール……同じ神様だったら、もらった時点で続きをみる
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