新刊の関羽さんのところに書いた、「神仏には守ってあげたいという人間がいます」という文章が、引っかかるというメッセージが届きました。 「神仏はこちらを助けて、こちらを助けないとかはない」と書いていたのに……前の神仏の言葉とは違うではありませんか、関羽という仏はえこひいきするのですか? と、ずいぶんお怒りのご様子です。 説明が足りず、誤解をさせてしまったようで、誠に申し訳ございません。 同じように思った方がいらっしゃるかもしれず、ちょっとこの部分を詳しく説明しようと思います。 えっと……その前に、言っておかなければいけないかな、と思うのは、神仏によって言うことが違う、というのは普通にあります。 すべての神仏がまったく同じことを言う、というのはありえないです。 話がちょっと違うな~、と思うことは、本当に普通にあるのです。 たとえば、お稲荷さんです。 コンスタントに参拝に来い、と言うお稲荷さんがいます。 小さなお社や小さな祠のお稲荷さんですね。 願掛けをするのであれば、一生定期的に来い、というお稲荷さんもいます。 これは、力がものすごく強い、京都の志明院におられるお稲荷さんです。 でも、無理してコンスタントに来なくてもよい、願掛けも遠慮せずにしていい、というお稲荷さんもいます。 来られる時にくればいい、と言ってくれる、こちらのほうが、数は断然多いです。 同じ神様でありながら、言っていることが違うのですね。 これは一例ですが、このように神様でも、違うことを言うのは普通にあります。 ということをお伝えしておいて、話を戻します。 「神仏はこちらを助けて、こちらを助けないとかはない」という文章は……すみません、書いた記憶が…… たぶん、覚えていないだけだと思いますが、 でも「えこひいきはしない」ということは書いてきました。 新刊に書いた「神仏には守ってあげたいという人間がいます」という部分は、神仏にまったく何もお願いしない人がいて、でも、とてもつらい、苦しい思いをしている……と、そういう状況のお話です。 この場合、神仏は頼まれてもいないのに、勝手に手を出して助けられないの続きをみる
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